Ambitious People 大切な人を、
守れる自分に
なりたい。

Profile

出津 裕斗

2025年 新卒入社|売買事業二部 三課 主任

2002年生まれ。甲子園を目指して小学校1年生から12年間野球に打ち込む。
BEARSにはインターンを経由して入社。2026年3月より主任。

(  野  心  - Ambition -  )

Ambition 野心

野球に比べたら、
仕事で怒られる方がラク。

家族、親友、パートナー。自分に関わる全ての人を幸せにしたいというのが出津の野心。特に両親にはひとかたならぬ想いがある。甲子園を目指し、高3まで野球漬けで過ごしてきた出津の人生は、支えてくれた両親の存在を抜きに語れない。

小1から高3までの12年間、両親は全ての休みを返上して自分の野球に付き合ってくれました。母は弁当を作ってくれて、父は審判をしてくれて、遠征の日なんて朝4時半に起きて送迎してくれて。並大抵のことではありません。だから、「野心」と聞くと、荒々しいものよりかは、まずは両親への恩返しが思い浮かびます。美味しいものを食べに連れていくでもいいし、欲しいものを買ってあげるでもいい。両親をはじめ、大切な人が困った時は、精神的にも物理的にも金銭的にも支えられる自分でいたい。そのためなら頑張れると綺麗事抜きに思います。

実は自分は戦後唯一、夏の甲子園大会が中止になった時の高3世代です。過去甲子園5回出場経験のある高校にいて、本大会出場のチャンスは十分にあったのに挑戦すらできなかった。最初は一瞬「練習がなくてラクでいいや」と思ったけど、そのうち猛烈な悔しさが込み上げてきて、次に虚しさに襲われ、最後は「仕方がないんだ」と呑み込もうとしました。あの経験があったからこそ、「仕事でやり返してやる」の気持ちで貪欲になれている気がします。

BEARSには大学4年生の11月にインターンで入社し、3日目ですぐに1人で飛び込み営業を始めています。以来2年弱の間に交換した名刺の枚数は約2800枚。最初はもちろん右も左もわからないから、門前払いもあったし、「帰れ!」「一生来るんじゃねえ!」と怒鳴られたことも。悔しくて、仕事や用語がひと通りわかるようになってから再訪しましたね。相手は怒鳴ったことも忘れていました。「そんなこと言ったっけ?」「言いましたよ」って(笑)。これくらいのことなら自分は平気です。中学時代、バットで殴られたりビンタされたり、7時間立ちっぱなしでミーティングしたりして、精神的に病んだのに比べればなんとも思わない。仕事で怒られる方がずっとラクです。

(  原  点  - Roots -  )

Roots 原点

成功する奴は、
365日、脳を動かしてる。

出津は新卒でありながらもリファラル採用だ。BEARSとの出会いは、出津のバイト先に、当時の人事採用責任者の松が客として訪れた頃まで遡る。出津は松と親しくなり、就活の相談などもしていた。次第に松の人柄にも、BEARSという会社にも惹かれていった。

学歴フィルターで落とされるような大学にいて、それでも働きたいし稼ぎたいし、どうすればいいんだろうと松さんに相談していたんです。松さんってすごいんですよ。人の奥の奥を見るというか、自分でも見えていなかったようなすごく深いところまで言い当ててくるんです。で、アドバイスをもらっているうちに、だんだん松さんについて行きたくなっちゃって。この人について行ったらいい化学反応が起きるんじゃないかっていう、直感ですね、もはや。

松さんがBEARSを紹介してくれた時はすごく嬉しかった。早速会社の見学に行くと、社員たちがみんな明るくて、下を向いている人なんて1人もいなかった。会社全体に活気があった。それに面接を受けると、社長の目つきが他の会社と全然違うことにも気づいて。20社も30社も受けたわけじゃないから厳密な比較はできないけど、とにかく「この会社は違うぞ、ギラついてるぞ」と思いました。不動産買取再販を通じて日本全体の不動産価値を上げ、世界と戦っていくんだっていう社長のビジョンにも共感。あと、仕入れてバリューを出して販売するところまで、分業制じゃなくて一貫で自分が担当できるのも魅力で。入社を決めた背景にはそんな理由があります。

そういえば自分、バイト時代のお客さんには松さん以外にも結構影響を受けていて。VIPな方がよくお越しになる店だったのですが、共通して言うのは「月曜から金曜まで毎日8時間働いていたら凡人で終わる。成功する奴は1年中365日ずっと脳を動かして働いている」って。あれが1番心に残っているし、あの言葉があるから今がむしゃらに働けているんだと思います。

(  絶  景  - Spectacular view -  )

Spectacular view 絶景

雑居ビルに飛び込んだ
あの日が、
「絶景」につながった。

2025年秋、出津は神宮前4丁目にある一等地の販売を任され、見事買主を見つけて契約まで漕ぎ着けた。当時社内で扱っていた売物件の中では最高額の物件。しかもそれは出津の尊敬する上司、髙津が仕入れてきた土地だった。金額以上に出津の胸を震わせたのはその点である。大好きで尊敬する人から案件を託され、共に働き、成功する……最高じゃないか。

1年目でこんないい案件を、大好きな上司から任せてもらえるなんて!興奮しました。ただ、なぜ最終的に自分がこれを売ることができたのかには、意外と自分が「1年目」であったことが関係していて、これを説明するにはもうちょっと話を遡らないといけない。

まず、自分はそもそも未経験で入社したんで、最初は飛び込み営業をしても不動産の話ができなかったんです。その代わりに自分自身の話をしたり、相手がどんな人なのかを聞かせてもらったりってところに時間を使っていたんですね。そうやって相手の懐に入ろうって。で、渋谷のとある雑居ビルの一室にある、仲介会社に飛び込んだ時もそうでした。ボロボロのビルで、「こんなところに本当に会社が?」と思いながら入っていくと、大量の書類が積み上がった部屋に92歳のおじいちゃんが1人。その人は1人で長年仲介業を営んでいたのです。自分は「あまり訪ねてくる人もいないかもしれないから、今日はたくさん喋ってもらおう」と聞き役に徹しました。

気がつけば1時間が経過。通常の飛び込みは平均5~15分くらいなので、異例中の異例です。聞くと、その方は70年以上この業界にいらっしゃって、実績も人脈も豊富。自分を可愛がってくれそうな気配はあったものの、「案件は10億20億を超えるものしか受けない」とキッパリおっしゃっていました。

さて、上司から例の高額案件を任された時、自分は最初、富裕層向けの仲介会社に重点的に営業をかけていました。その時ふと、あの渋谷のおじいちゃんのことを思い出したんです。あの人のお眼鏡に適うかはわからない。けど、一か八か!……するとなんと、すぐに、なかなかコンタクトできないような大手各社の決済権者に直接連絡を回してくださったんです。最終的にご契約に至った買主様とも、その方がつなげてくださいました。アドレナリン出まくりです。こんなの面白くないわけがありません。こうやって営業として「契約の瞬間」の絶景を積み重ねて、同世代を追い抜いて、稼いで、いつか家族を作って、周りを幸せにして。みんなが笑っている光景を見るまで、全力疾走を止める気はありません。

自由に挑め

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